第7章 おかしな烏野高校排球部
『妹(いもうと)とは:兄鴨一にとって世界の中心である』
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「~~~♪」
楽し気に小さな鼻歌を歌うのは、瀬戸鴨一である。彼が歩く度にかっぽかっぽと間の抜けた音が校舎内に響く。
出入り口に向かう途中、鴨一は運動部らしき女子生徒二人とすれ違う。
女子生徒二人は笑いながら言葉を交わしていたが、次に放とうとした言葉は古びた校舎へと沈んでいき、まるで引き寄せられるかのように真反対へと歩いて行く鴨一の大きな背を目で追いかける。
彼の姿が柱の陰へと消えた瞬間、二人は顔を見合わせて小さく黄色い声を上げて、鴨一の容姿を褒め称え始める。
鴨一はその事を知ってか知らずか、相変わらず鼻歌を止める事はなかった。
鳶色に染めた髪の根元は黒に染まり始め、所謂“プリン頭”と化していた。櫛すら通していないであろう髪も、何故か彼の雰囲気に馴染んでいる。
黒く艶めいた瞳を覆う二重瞼の周囲を長い睫毛が縁取る。眠気を湛えた目は気だるげな印象を強めると同時に、疲れた大人の雰囲気を纏わせる。仄かに香る煙草の匂いが、元来鴨一が持っている強い色気を増幅させた。
───暗く澱んだ校舎すら、彼の前ではその容姿を引き立てる物へと昇華する。
しかし、彼は自身の容姿を特別気にした事はなかった。
得をしたとも損をしたとも感じた事が無かったし、ごくごく穏やかな日々を今日(こんにち)まで送ってきた。
只一つ、特別な例を挙げるとすれば女性関係であった。
年上、同年、年下と、少々手広く関係を築いたことが鴨一にはあった。しかも全て女性側から言い寄られたのだ、と鴨一は“主張”している。厳密に言えば、“そうなるように鴨一が仕組んだ”のだ。