第7章 おかしな烏野高校排球部
「ん~そうか居ないのかぁ……」
スリッパの間抜けな音が用具室の前で止まる。入れ違いのように“アレ”の軽い声が発せられる。ひゅっと喉が絞まるような奇妙な感覚が襲う。この背の扉を一枚隔てた向こうに“アレ”が居るのだと痛感し、胃がキリキリと痛む。頼むから、早く帰って欲しい。
「まぁメール見てなかった可能性大だよなぁ。うん、そうだな」
自己完結するような独り言が扉越しに聞こえて来た。すると、再びスリッパの音が鳴り始め、それは徐々に扉の前から遠ざかっていく。
「ごめんよ、お邪魔したね。これ、アイツに渡しておいてくれる?」
「あ、はい。分かりました」
“アレ”は影山さんに、私に届けに来た物を渡したようだ。どうやら諦めて帰るらしい。よしその調子だ。さっさと帰れ。
─────ガラガラガラッ
体育館から出て行った事を知らせるかのように扉が大儀そうに開く音がした。すぐさま扉は閉まり、静寂が用具室の扉越しに伝わってくる。
最悪の嵐が 去っていった。
張り詰めていた糸がぷつんと切れ、深く息を吐き出した。額に滲んだ汗を手の甲で拭い取る。事態の収束を告げるかのように、体育館の皆のざわめきがゆっくりと生まれる。
それにより、私の安堵感は更に大きなものとなる。薄暗い陰気な用具室の空気も、今は全て輝いて見える。ああ、平和万歳。世界はこうであるべきなんじゃ。
腰を上げ、ズボンの後ろの汚れを払い取る。用具室の扉に手を掛け、一気に引き開ける。体育館の眩い景色に目を細めた。
「ちょっとー。俺が来て隠れるとかどういうことだよー」
その声が眼前から発せられた途端、私は全身全霊を以て悲鳴を上げる事になったよこんちくしょう。