第5章 猫は鴉へ爪を突き刺す
「その…色々悪い瀬戸……」
「いえ…」
慌てて手を離すと、お互い更に赤面状態へと化す。どうしよう、折角二人だけだし“あの時”のお礼言おうと思ってたのに。この微妙な空気どうするよ。くそ何で手繋いだままとか気付いたし私。でもやっぱ早く伝えたい事だし。いやでも緊張が…。
いや、やっぱり今、ちゃんと言おう。ちゃんと伝えよう。だって影山さんだって、謝りたかった事を、思っていた事────ちゃんと伝えてくれたじゃないか。私と同じで、緊張していたのに。
「あの、影山さん」
「? どうした瀬戸」
「私、影山さんに、どうしてもお礼が言いたいんです」
「お礼……?何でお前が俺に?俺、何かしたか?」
影山さんは瞳を瞬かせ、不思議そうに小首を傾げる。そう、影山さんは、感謝してもしつくせない事をしてくれた。私は、どうしてもお礼を言いたい。
「それは、」
「お────いッッ!お前らそろそろ荷物まとめろ───!終了時間迫ってるかんな─────ッ!!」
鳥養監督の呼び掛ける声が響き渡った。私と影山さんは自然と用具室の扉の向こうへと目を向ける。おおっとバットタイミングだなぁ…。でも仕方無いな。
「あーその、また後でも、良いですか…?」
「お、おう。じゃあ、また後で」
私と影山さんは用具室の扉の敷居を跨ぎ、体育館の床を踏み締める。隣を歩く影山さんの顔をちらりと見上げる。その表情は普段と変わらず無表情だ。でも、私の気の所為かもしれないが、
どこか穏やかで、優しい表情に見えた。その横顔に静かに心臓が─────ドクンと音を立てた。