第4章 猫と鴉は再び兵刃を交える
聞き覚えのある声にビクリと肩が跳ねる。恐る恐る顔を上げると、やはり鶏冠頭の彼が立っていた。その顔には笑顔が浮かんでいた。只、あの時と違うのは、張り付けたような笑みではなく、違和感の無い自然体な笑みであるということだった。
…でもこの人の自然な笑顔、何だかデジャヴだなぁ。
あ、分かった。意地悪を言う時の月島さんの笑顔にちょっと似てるんだ。うん、何か似てる。でもあの張り付けた笑顔よりずっと良い。でも何で自然な対応になってるんだろうか…。ま、良い、のか?
「あの時はどもー。凄い助かりましたよー」
「そ、そうですか。気にしないでください、私も助かったので」
「あ、あのオレンジ色の子探してたんすね」
「はい。あの時、えと…その、会ってなかったら、あの場所に戻るまで時間掛かってたと思います。だから、助かりました」
鶏冠頭の彼を何と呼べば良いのか迷ってしまい言葉に詰まってしまった。『あなたに会ってなかったら』は何だか恋愛ドラマのセリフの様で口にするのが物凄い躊躇われた。確実に照れるし吹く。自分で。
「黒尾鉄朗」
「はい?」
「俺の名前。黒尾鉄朗。覚えて帰ってくれよー」
鶏冠頭の彼改め、黒尾さんは自身を指差しヘラリと笑う。
「は、はぁ…」
「あ、てか急にタメ口にしちゃったけど、何年生?」
「一年生なんで、全然大丈夫です。気にしないでください」
「そっか、じゃあお言葉に甘えてタメで。ていうかお前も気にしないで好きに呼んでくれて良いぜ?」
黒尾さんはニシシと悪戯っぽく笑ってみせた。私は少しばかり悩んだ末に結論を出す。
「え、と、じゃあ、その……黒尾さんって呼んでも?」
そう答えると、黒尾さんは眉根を寄せ、納得し難いという様な表情を浮かべた。
「んー…別にそう呼びたいなら良いけどー、下の名前使うのは嫌か?」
「しっ、下の名前、ですかっ?」
男の人を下の名前で呼ぶという発想自体が浮かばなかった。今までもずっと苗字でしか男の人を呼んだことがない。そんな私にとって男の人を下の名前で呼ぶというのは、あまりに相手との距離が近いように感じて気恥ずかしい。