第8章 年下の新しい恋人
「手、……離して」
「部屋に入れてくれるなら」
「いや……」
部屋に入れたら、絶対私、折れる。
気持ちが折れる。
自分から離れたいと願っていたはずなのに。
離れたら、好きだったことが余計に重くのしかかってきた。
ちょっとずつ忘れようとしたのに、一瞬でそんな努力消え去るぐらい……
好き。
やっぱり、好き……
どうしようもない、こんな自分。
でも、もう絶対後戻りしたくない。
また、あんな関係には戻りたくない!
「離して……っ!」
力いっぱい手を振り払って、走り出す。
廊下を走って、階段を駆け下りる。
この場所から逃げなきゃ。
でないと、足元から、また……
「待てってっ、おいっ!」
マンションから駅に戻る道の途中で追いついたクロに、今度は腰に手を回されて抱きとめられた。
「……や、離してっ!!」
力づくで身を攀じるけど、逆に腰の手の力は強くなる。
「……逃げンなよ、頼むから……」
首筋のあたりで低い声がする。
苦しそうにかすれた、吐息に濡れた声。
「……は、……離し……」
身体に回された腕にぐっと力がこもる。
「悪かった」
「……」
「こんな風になるつもりじゃなかった……でもどうしても忘れられなかった」
言わないで。
もう、心をかき乱さないで。
クロの声を聴くたびに、密着している腕や背中から伝わる体温を感じるごとに、おかしくなる。
「あんたが好きなんだ」
「……」
囁くくらいの声。
なのに怒られたみたいに心臓がドクンと跳ねる。
「あんたが好きだ。……自分でもどうしようもないくらい、あんたが好きだ」
「……は、」
「いやだ」
「離、して……」
力いっぱい両手を突っぱねたけど、クロは離れない。
ギュッと後ろから抱き締められて、涙が出てきた。
「さ、わらないで……」
「いやだ。ここで離したら、あんた逃げるだろ……もう、あんたのこと、二度と逃したくない」
なんで……そんなこと言うの?
いきなり、戻ってきてそんなこと……
「ひど、いよ……そんなの、勝手すぎる……」
「わかってる」
制服のシャツから伸びた筋肉質の腕に、骨がきしむほど抱きしめられる。
鼻をくすぐるクロの匂い。
涙がぽろぽろ、止まらない……