第8章 年下の新しい恋人
待ち合わせのカフェ前に着いたとき、後ろから肩を叩かれた。
「ヘイヘイ、お互い時間ぴったりなんて気があうじゃん」
「今日、部活やすみ?」
制服姿の木兎は、珍しく部活のバッグを持ってない。
「夏合宿終わったし? たまには……つか、赤葦の捻挫が治るまで誰も俺にトス挙げてくれない……」
木兎はすごい。
でも、その分いろいろ面倒くさい。
一緒にやる仲間も高いレベルが要求される。
木兎の底なしパワーについていけないといけない。
そして、今木兎のかゆいところに手が届くようなトスを挙げられるのは2年の赤葦君しかいないらしい。
「で、どうよ? 結論は出たかぁ?」
巨大なハンバーガーを頬張る木兎に訊かれるのはこれで3度目。
あの夜から週に一度、こうやって夜ちょっとだけ会う。
徐々に距離を縮めるみたいに。
「ごめん……あとちょっとで……気持ち、決まるから」
「別にいくらでも待つし、謝らなくていいけど」
「なんで、待ってくれるの?」
木兎なら他にもいくらでも彼女なんでできる。
バレーと性欲に関しては単純で甘えん坊特有の我儘なところもあるけど、根は優しい。
「別に、私じゃなくても……」
「なんでって好きだからに決まってんじゃん」
ニカッと笑顔を向けられて、思わず恥ずかしくなってしまう。
「でも、……」
「でもでもうるさい。好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。それだけだろ」
裏表がない木兎らしい言い方。
いろいろ心の奥で考えてしまうクロとは対極にいる人。
「もう一度付き合おう」と言われて1か月以上。
素直に「うん」と言えばいい。
クロとも終わって、憂うものはない。
あとは自分の気持ちだけ。
木兎は嫌いで別れたわけじゃない。
1年以上付き合って、性格もわかってる。
……さびしいし、誰かの体温を感じたい。
そう思うとき、素直に木兎を受け入れればいいって、自分でも思う。
でも……
感情のどこかがそれを拒んでる。
その拒みは、徐々に小さくなっていってる。
少しずつ。
クロとの関係が切れてから、少しずつ。
そして、あと少し…あと少しで消えていきそうな気がしてる。
あと少しだけ……あとちょっとで……
そうしたら、クロを完全に忘れられる……