第3章 好きになったら……
「私、音駒の卒業生、この春卒業したんだけど」
「へえ、偶然じゃん」
肩を竦める仕草が、大人っぽい。
「2年だよね、今?」
「そう」
やっぱり、私より2つ下だ。
「てか、あんたこれからどこ行くの?」
「帰るとこだったんだけど、この辺ごちゃごちゃしてて、地下鉄の駅どっちかわからなくなっちゃって……」
「ふらふらしてるところを、酔った男2人に絡まれて、俺が声かけなきゃ今頃2人に連れられてどっか地下のバーとか裏通りのホテルに連れ込まれて、あんあん言わされてた……ってか」
「……そんなこと、ないし」
「現にそういう状況だっただろ」
「………」
「駅どっちかわかってんの?」
「……あっち」
指さすと、
「あんた、方向音痴だろ」
逆方向を指される。
「駅まで一緒に行ってやる」
歩き出す長身の彼を見ながら、記憶をたどる。
名前、なんだっけ、この子……
「おい、早くしろって」
振り返りざま、手を引っ張られる。
「ちょっ、と……」
ずんずん歩く後ろを小走りについていく。
「背、高いね」
「だから?」
「ちょっとゆっくり……歩幅が合わない」
「あんたチビだもんな。もしかして150ないんじゃねぇ?」
「……あるし」
「いや、ないね」
「あるから」
「ごまかすなって」
後ろ姿だけど、くすりと笑ったのがわかる。
「……あるから」
「……ないね」
大学1年になった初夏、初めてクロと街で再会した。
再会、って言葉が正しいのかわからない。
同じ高校だった1年間は全く知らない人だった。
なのに、偶然また会った。
いろいろ喋った。
ちょっと怖そうに見えるけど、実は優しい。
困ったときにさりげなく手をさしのべてくれる。
そんな後輩……だったのに。
いつのまに、こんな関係に落ちたんだろう。
いつから、クロを男として見るようになったんだろう。
いつから、クロの気持ちが欲しいって思うようになったんだろう……