第14章 喧嘩の渦
「誠也くーん。」
やっとたどり着いた家の前で聞こえてきた媚びるような声。
それも女の声で彼を呼んでいる。
ドクドクドクドク―――
高鳴る鼓動。
胸が苦しくなる。
「あ?」
前に立つ彼が、不機嫌そうに振り向いた。
「会いたかったぁ。」
ハートを飛ばしながら誠也君の所まで来た化粧の濃い女達は、彼にすりよった。
まるで主人に甘えるメス犬。
ますます胸が苦しくなる。
――やばい…泣きそう……。
堪えようのない、悲しみの水。
どんどん上へと込み上げてくる。
「は?誰だよ、お前等?」
誠也君は訳がわからないと言うような顔をしていたが、何故だかそれが演技のように思えた。
"浮気"
その二文字が頭に過る。
以前、麻央達が
"浮気している男は怒りっぽくなる"
と言っていたのを思い出した。
最近の事を振り返ってみると、彼はよく当てはまる。
――そっか、他に良い人出来たんだ。
問いただしたいけど、もうそんな気力もない。
だって、あたしは今まで足手まといにしかならなかったし、このまま別れた方が彼の為かもしれない。
本当は胸が張り裂けるほど苦しいけど、あたしは彼の為に身を引こう。
「さようなら。」
最後の最後は良い女を演じたい。
喧嘩をすることも、言い合いになることもなく、円満に別れる事にした。