第10章 喧嘩王子
トントントントン―――
夕方。
台所に響く軽やかな音色。
その隣で、鍋のフタが自由を求めて暴れている。
先程から誠也君との間に会話はない。
ただ、黙々とあたしは料理を作って彼はテレビを見ているだけ。
別に喧嘩をしたわけでもないのに、胸を締め付けるような感覚。
話したいのに話せないもどかしさ。
場の空気がそうさせている。
「痛ッ―――」
考え事をしていたせいか、包丁の刃で指が少し切れた。
プックリと出てくる葉っぱについた雨の滴の様な血。
何故かボーッと眺めてしまった。
「みせて。」
いつの間にか後ろに立っていた彼の手が、そっとあたしの指に触れる。
ジャ―――
シンクを流れる滝のような水。
そこへ指を当てられ、流れていく血。
チクチクとした痛みよりも、彼からの温もりでドキドキしてしまう。
そして、清潔なタオルで拭かれた傷口は、そっと絆創膏に包み込まれる。
「今日は、俺が飯作るから。」
誠也君は不器用にそう言うと、包丁を手に取った。