第8章 ヒーロー//氷室夢
次の日の帰り道。
電車の中で、彼女からメールがきた。
『あと5分くらいで着きます』
『わかった。じゃぁ、ホームで待てる?俺ももうすぐ着くから』
『はい』
駅に着き彼女を探すと、椅子に腰掛け本を読む姿を見つけ、近づく。
「ごめんね、待たせちゃったかな?」
「あ、氷室さん。さっき着いたばかりだから、大丈夫だよ」
彼女は俺に気付くと、本から目線を上げニコリと微笑む。
…本当に綺麗な子だな…
俺はその笑顔に見惚れ動かないでいると、彼女は不思議そうに首を傾ける。
「どうかしたの?」
「あぁ、ごめん。何でもないよ。さぁ帰ろうか」
「はい」
彼女は本を鞄に仕舞い立ち上がると、「あっ」と何か思い出したかのように鞄の中を弄る。
綺麗にラッピングされた袋を取り出し、俺に渡してくる。
「甘いもの、苦手だったら申し訳ないんだけど…」
中身は手作りのクッキーらしい。
「お菓子とか料理とか作るの好きなの。こんなものじゃお礼にはならないと思うんだけど、良かったら」
「ありがとう。帰ったら頂くとするよ」
クッキーを受け取ると、「どうぞ」と彼女は嬉しそうな笑顔を見せる。
「じゃぁ今度は、夕飯をご馳走してもらおうかな」
二人で歩きながら、冗談交じりに言ってみる。
夕飯をご馳走するということは、家に上げるということになる。
…断られる覚悟は出来ていた。
ただ、どうにかもっと彼女に近づきたかった。
「あ、私の家に…?うん、どうぞ。頑張って作るよ!」
「えっ…?」
思いもよらぬ彼女の返答に、俺は困惑する。
出会って少ししか経っていない男を家に上げるとは、どういうことか分かっているのだろうか…。
…いや、分かっていないな。
「君は…本当に危なっかしいね」
「え?」
「男を家に上げるなんて、簡単に言っちゃいけないよ。何されるか、わからないだろう」
「…あ。そっか…」
そのまま何も言わなければ、家に上げてくれただろう。
だが、不用心な彼女は今後も危ない目に遭いかねない。
近づきたい気持ちもあったが、それ以上に彼女が心配でならなかった。
「そうだよね…ごめんなさい」
俺に注意されたことで、彼女は申し訳なさそうな顔をして俯く。