第8章 ヒーロー//氷室夢
…そんな顔をさせたかったわけじゃないんだけど…
「ごめん、強く言うつもりなんて無かったんだ。真奈美さんが作った料理を食べたいのは本当だよ。ただ、その…君が危なっかしくてね…」
「ううん、わかってるよ。心配してくれてるんだよね。氷室さんって年下なのに、お兄ちゃんみたい」
ありがとう、と柔らかな微笑みを向ける。
…好きだ。
その笑顔に完全に心を奪われている。
ただ、今までの男と同じだと思われたくはない。
俺は自分の中で葛藤していた。
「お兄ちゃんなんて、ひどいな。俺はまだ高校生なんだよ」
「ごめんねごめんね。氷室さん大人っぽいから、つい。制服着てるのに、変だね」
…兄になんて見られたくない。
一人の男として見てもらいたい。
そして、真奈美を守ってあげたい。
俺の中で欲望が大きくなっていくのが分かる。
「年下だとも、思われたくないんだけどね」
「思ってないよー。氷室さんといると、安心する。本当にありがとう」
「…いいえ」
俺の気持ちに気付いて欲しいような、気付いて欲しくないような。
モヤモヤした気分でいると、彼女の家に着く。
「今日もありがとう」
「…お礼なんていらないよ」
俺も真奈美と帰りたいと思ってるんだから。
「ううん、何回お礼言っても足りないくらいだよ。この気持ち、どうしたら伝わるんだろう!」
「…十分伝わってるよ。じゃぁ、また明日」
「うん、気をつけて帰ってね」
やっぱり、俺の気持ちも伝わってほしい。
今日もまた、彼女が見えなくなるまで見送り、帰路につく。
自分の部屋に入ると、彼女が作ったクッキーを取り出し一口口にする。
「甘…」
そして、一人静かにため息をつく。
恋愛で、こんなに悩んだことがあっただろうか。
彼女を想えば想うほど、胸が苦しい。
とりあえず、しばらくは様子をみよう。
彼女の怖い思い出が小さくなったら、想いを伝えよう。
…そう決めた。