第8章 ヒーロー//氷室夢
「待ち伏せ…?」
「駅で見つけられて、逃げたんですけど追いかけてきて…」
女性は自分の身体を守るように縮こまる。
余程怖かったのだろう。
よく見ると、本当に綺麗な女性だった。
綺麗に手入れされた髪に、大きな瞳。白い肌、柔らかそうな唇。
これは、男を引き寄せるものを持っているな。
「家には家族はいますか?」
「あ…いえ、一人暮らしなので…」
「いつも、帰るのはこれくらいの時間ですか?」
「え?…は、はい」
「俺もだいたいこの時間なんですよ」
「そ、そうなんですか…」
女性は、俺が何を意図しているのか全く掴めないようで、頭の上に?が浮かんでいる。
「これからしばらくの間、俺が送ってあげますよ」
「…えっ?えぇ?」
「あの男、また貴女をつけてくるかもしれません。俺も家がこの近くですから、貴女を送っていくくらい、どうってことありませんから」
「そっそんな…悪いですよっ…」
これ以上迷惑はかけられない、と首を横に振る女性。
「貴女の名前は?俺は、氷室辰也って言います」
「え?…岬真奈美です…」
「じゃぁ真奈美さん、連絡先教えてください」
「ほ、本当に送ってくださるんですか」
「えぇ。もしこの先、真奈美さんがあの男に襲われでもしたら、俺夜眠れなくなりますよ」
彼女に向かってニッコリと微笑む。
彼女は迷った末に、ケータイの連絡先を教えてくれた。
「二度も助けていただいて、これから送ってくださるなんて…」
どうお礼をしたらいいのか…。
彼女は終始恐縮しっぱなしだ。
「お礼なんていりませんから、気にしないでください」
「…私が気にします…。じゃぁ、お礼は考えておきます。希望があったら何でも言ってくださいね。私で出来ることなら」
彼女がゆっくりと微笑む。
初めて彼女の笑顔を見た…。
…男を虜にする微笑みだ…。
「わかりました…」
あの男の気持ちが、少し、分かってしまった俺がいた。