第7章 東堂庵の奇跡
全ての記憶が蘇った。
正直、あの事故から私の記憶は曖昧なものになっていた。あの事故が起こる前のことを忘れつつあったから。
「家族、みんな揃ってる時があったんだもね」
父に頬をぶたれた恐怖で、父とはまともに話せなくなったり、事故以前の楽しかった記憶を失っていたり……。
(東堂のことすら忘れていたよ)
「辛い思い出もあるけど、東堂のことは思い出せてよかったよ」
ひとりでに紡ぐ言葉。これは私の心からの言葉だ。
(過去がどうであろうと、関係ないや。今を精一杯生きるのみ! 葵、まだまだ仕事はたくさんあるぞ!)
自分に喝を入れようと頬を叩く。
「……さよなら、私の思い出たち」
そう呟き、そっと部屋のドアを閉じた。
「それは忘れて良い思い出なのかね?」
何で、ここで彼の声が聞こえるんだ。
「……あれ? 東堂、寮生活じゃなかったっけ」
東堂とは目を合わせずにそう聞くと、東堂は私の手を引く。
「……ッ!」
無理やり東堂の方を振り向かされ、東堂の真剣な顔が視界に入る。
「俺もお前の話を聞いて思い出した。昔、宮坂さんはウチに泊まりに来ていたのであったな」
優しい声音で紡がれる言葉に、私はギュッと唇を噛み締めて耐える。
「宮坂さんは今まで、たくさんの人を助けてきただろう? ……次は、宮坂さんが助けられる番だ」
もう、耐えられなかった。
堪えていた涙が一気に溢れてきて、私は東堂の胸に飛び込んだ。すごく迷惑なことをしているのはわかってる、でも、止まらないんだ……!
「……嬉し、かったよ……! 辛い記憶もある、けど、楽しい思い出も、あったから……!」
この東堂庵に来て、こんなことになるなんて思わなかった。家族団らんの写真が見れて、東堂と過去に会っていたことに気づかされて……!
(ようやく、逃げていた過去と向き合えた気がするよ)
東堂はそっと私の背中に腕をまわし、優しく背中をさすってくれていた……。