第7章 東堂庵の奇跡
小学生の頃、私は引っ越しを経験した。
『嫌だ! 引っ越ししたくない!! 京都やだぁ!!』
小さかった私は既存の友達と離れるのが寂しく、頑なに拒んでいた。
「葵、父さんの仕事の関係だから仕方ないだろ? 向こうでもいい友達できるはずだからよ!」
兄はいつもそうだ。私が拗ねていた時は優しい言葉であやしてくれていた。
『拓海にいちゃんのバカ!! 引っ越ししたくないもん!!』
宮坂拓海、これが私の兄の名だ。この時、兄は中学3年生だったっけ。今思えば、兄ちゃんの方が辛かっただろうなって。
「じゃあ、引っ越しの前にこの箱根の温泉を満喫しましょうか!」
母の提案で泊まることになったのが、東堂庵だった。
最初は元気だった私も、引っ越しのことを考えると少し元気が無くなった。東堂庵を満喫している家族の近くにいるのが嫌で、勝手に庭に出たんだっけ。
『やっぱりパパもママも兄ちゃんも嫌いだぁぁ!!』
突然悲しくなってきて泣いていると、私と同じくらいの歳の男の子がそばにきた。
「何で泣いているの」
『引っ越したくないの! パパもママも勝手だよ、葵の気持ちなんてわかんないくせに!!』
「それは確かに辛いな!」
少年は私の隣にしゃがみ込み、そっと私の頭を撫でてきたのだ。
『?!』
「けど、ご両親の気持ちもあるだろう」
風貌に合わず、固い口調の彼に私は目が離せなくなっていた。
「名前はなんというのだ?」
『……宮坂葵。君は?』
「東堂尽八だ!」
東堂尽八……私はこの時に彼と知り合っていたんだ。
「葵は少し自分勝手だぞ。少しはご両親の気持ちも考えるべきだ!」
『勝手なのはパパとママの方だもん!!』
そんな喧嘩じみたやり取りをしていたら、東堂の母がやってきて
「尽八! お客様になんて態度をとっているの! 本当に申し訳有りません」
「こちらこそ、娘が勝手に庭を歩いて申し訳有りません」
互いの両親が出てきて、そこから会話が弾んで……
「この度は東堂庵をご利用いただきありがとうございました。よろしければ、両家で写真でも撮りませんか?」
その時に撮ったのがこの写真だった。
まだその時は、みんないたんだ。