第7章 東堂庵の奇跡
親切な人だ。どこの誰ともわからない私を助けてくれるだなんて。
「しばらくの間お世話になります、宮坂葵と申します。私に手伝えることがあれば何なりと申しつけください」
東堂庵はとても綺麗な温泉旅館だ。歴史ある旅館なだけあり、客の入りも上々。女将さんは優しく、私に綺麗な部屋を貸してくれた。
「そんなに固くしなくていいのよー? よろしくね、葵ちゃん」
「そうそう! うちの弟よりかはよっぽど働いてくれそうだし」
ここは東堂さん一家が切り盛りしている旅館らしく、家族同士の会話は聞いていてとても面白い。
(にしても、東堂……)
確かあいつの家も旅館だと言ってたような。
「あの、弟って……箱根学園2年の東堂尽八君のことでしょうか?」
「あら! そうよ! あなた、箱根学園の生徒さんなのね!」
「はい、箱根学園生徒会長を務めております」
「やだすごーい!」
東堂家の女性陣はとても元気なご様子です……。
私はこの東堂庵で掃除を手伝うことになった。
「葵ちゃん、お風呂締め切ったから掃除しておいてくれるかしらー?」
「了解です!」
文化祭の振り替え休日は東堂庵での仕事で使い切った。
「葵ちゃんも明日から学校よね? 」
ふいに夕食の席で尋ねられ、私は小さく頷く。
「ここから箱学までは遠いわよねぇ……。電車使っても回り道だし、バスは頻繁には来ないし。そうだ、尽八のロードレーサー乗ってく? 軽いわよ!」
突然の言葉に危うく箸を落としそうになる。
「そんな、勝手に使って大丈夫なんですか?!」
「大丈夫よー、ここに置いてあるのは尽八がもう乗らないヤツだし。遠慮なく使っちゃいな!」
本当に何から何までお世話になって申し訳ない……。
(そういえば、東堂にはここにいること言ってなかったよな。ま、学校で言えばいいか)
次の日、私は東堂のロードレーサーに乗って登校した。
(ロードレーサー軽ッ! 今までママチャリに乗ってたのが馬鹿みたい!!)
全身に風を受け、滑らかに進む自転車。この感覚に自転車競技部の彼らは魅了されたのだろう。
「宮坂さん、それ……」
学校の自転車置き場に偶然居合わせていた東堂が目を丸くしていた。