第9章 福寿草
「あらあら、残念……思い出しちゃったのね。
別に思い出したからどうって事ないけども。
今あたしがそこにいる雑草と同じにしてあげるから。」
さようなら、と影が持っている鉈を振り上げる。
避ける暇もないまま赤葦と山口に向かって降り下ろされた鉈は赤葦でもなく、山口でもない、影と2人の間に割って入ってきた彼女の背中を切り裂いた。
彼女の背中は右上から左下へと傷を大きく作り、そのまま赤葦の方へ倒れ込んだ。
「かづ……」
「京治君、キーホルダー。」
「え?」
「キーホルダーを貸して!」
言われるがまま赤葦がキーホルダーを手渡せば、彼女は足に力を込めて立ち上がり、そのままキーホルダーを地面に叩き付けると踵でキーホルダーを粉々に砕いた。
キーホルダーを砕く瞬間、影の声が聞こえた気がして見てみれば影は姿を消しており、そこには何も残っていない。
「京治君、怪我はない?」
ペタン、とその場に座る彼女の瞳は優しげに微笑んだ。
「俺は平気……それよりもかづきさんが……」
「私も平気……生きた人間じゃないもの、切り裂かれた所で痛みは感じないから。」
「そう……ですか……。
あ……山口は一体ど?まさか、あの影に……」
「ううん、その子は私が京治君よりも先にここへ連れてきて眠らせただけ。
心配ないよ。」
「そっか……」
「あのね、私京治君に謝らなきゃいけない事があるの。」
「?」
「生きている時に約束果たせなくてごめんなさい……」
「約束?」
「福寿草を見に行くって約束……あの日、私が事故に会わなければきっとこんな事にはならなかった。」
だからごめんなさいと、彼女が深く頭を下げれば、赤葦が彼女の頭にソッと手を触れ、彼女もゆっくり顔を上げる。
「謝らないで。
俺の方こそ、かづきさんの死を受け入れずに今まで記憶から消していた事、すみませんでした。」
「そんな、京治君は悪くないよ!
悪いのは約束守らないまま死んじゃった私だし……」
「そうか?
だけど、かづきさんは約束、守ってるよ。」
「え?」
「福寿草の花畑……いかなる形であれ、こんなに綺麗な花畑に一緒にいる。
約束……ちゃんと守ってるよ。」
「京治君……」
*