第8章 クロッカス
頭で考えるのが精一杯で、目の前の影に気付かなかった。
松川の叫び声に引き戻され、現実を見た時には影が自分の真正面にいて大きな鉈を振り下ろす直前で、動こうにも頭では警報器が鳴っているが、恐怖で足が動かない。
自分はここで死んでしまうのかと、最後の悪足掻きとでも言うのか、強く目を瞑る。
が、一向に衝撃は襲ってこず、ゆっくり目を開ければ影の姿は跡形もなく、代わりに影が正体を表す前のドレスを着た女性が少し離れた場所に佇んでジッとこちらを見つめていた。
またあの影かとも思ったが、今しがた目の前にいた影がまたさっきと同じ姿になるのも考えづらい。
ただ、さっきと違うのは女性の足元には通路の両脇にちらほら咲いているクロッカスで出来た小さなブーケが踏み潰されていた。
女性はホッとしたように右手を胸に当て、胸を撫で下ろすと、ゆっくり2人に近づき、目の前でピタリと止まり、口を開いた。
「怪我はない?」
危なかったわね、と女性が微笑む。
「……あなたは……」
「私?私は……ここの管理人みたいなものかしらね。」
「管理人?」
「えぇ、もう長いことこの迷路の管理人をやってるわ。
何時からいたとかもう覚えてないしね。」
「あの……ここって、一体何なんですか?」
縁下の当たり前の質問に、女性はキョトンと首を傾げた。
「何って……_____に、一度ここに来た時、聞かなかった?」
一瞬、女性の言葉の一部にノイズがかかり、ん?、と2人が眉を寄せ、女性は更に不思議そうに瞬きをすると何かを思い出したようにハッとした。
「そっか、あなた達はあの子達と違ってまだ生きてるのね。
あぁ、だから_____が私の所に……そっかそっかなるほどね。」
わかったわかったと、握った右手を左手でポンと叩き1人で事故簡潔する女性。
その様子に2人は顔を見合せ、お互いに首を傾げた。
一体何なんだと言うのか。
この事態を知っているのなら教えてもらいたい。
「もう、_____ったら時間がないとかって言って私に助けるように頼むだけ頼んですぐどっか行っちゃったからなー……」
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