第12章 泡沫の記憶たちと
とにかく階段をかけあがる。
後ろの化け物達に追いつかれないよう。
青峰君とこーちゃんを守るように。
私は、強く生きないといけない。
征十郎と約束したから。
誰かを守らないといけない。
でも
「ごめん。征十郎。」
もう限界みたい。
こんなに走ったのは久々だからか、酸欠をおこしている。
足が止まる。
視界がぼやけた。
※※※※※※
お母さんが、小学校五年生のときに病気でいなくなってしまった。
お父さんはしらない。
お母さんがいなくなる前からお父さんはいなかった。
もともと口数が少なかったからあまりよく覚えていない。
写真が大嫌いな人で移っている写真が一枚しかないこと。
煙草はきらいだったけどパイプは好きでよくすっていたこと。
小さい頃に事故に巻き込まれて右手がないこと。
その唯一の写真も不意打ちでとっただけで後ろ姿だったこと。
お母さんから聞いたのはそれだけ。
私が確かに覚えているのは、リビングで自分のいすに座りなにやらよくわからない分厚い本を読んでパイプをくわえていたこと。
そして記憶の片隅にコーヒーが嫌いだったということを覚えている。
でもお母さん特性のコーヒーを真っ青な顔になりながらも飲んでいた。
「咲姫、お前はお母さんの料理を覚えちゃいかんぞ。」
パイプをふかしながらそんなことを言って左手で私の頭をなでてくれたこと。
覚えているのはそれだけ。
覚えている父の言葉があれだけとはあんまりだが私のお父さんはその記憶の中だけでしか存在しないのだ。
そんな母子家庭でお母さんをなくした私を周りの大人達はかわいそうと言った。
でも誰も助けてくれなかった。
誰もいない家でずっと泣いていた。
そんな私のそばにいたのは征十郎だった。