第3章 変化
無言のまま、赤司くんは抱き上げた私の足から靴を引き抜きタイルに降ろす。器用に自分の靴も脱いで室内へ足を進めた。パチリと電気が付けられれば、かなり広い部屋だというのが分かる。それも一室だけではなく、何ヶ所か扉があった。今私が居るのは恐らくリビング的な部屋なのだろう、大きなソファが置いてあった。そこに赤司くんは私を下す。乱雑に降ろされるのではと身構えていたのに、ガラス細工を扱うかのように丁寧に降ろされて、戸惑ってしまう。先程まで強引にキスをされていた事を忘れさせてしまうほど、優しい動作だった。
戸惑って、どこに視線を向ければいいか分からない私の両頬をそっと包み込んで、赤司くんは真っ直ぐに私を見る。言い方は悪いかもしれないが、彼を突っぱねた私にその視線を絡める事なんてできやしない。ずっと俯き、優しく降ろされた自らの爪先を穴が開く程見つめた。これ以上、踏み込まないでほしい。そんな私の心中なんか構いもしないで、赤司くんは無理やりでも私と視線を絡めさせる。
「!」
そこには、余裕のない赤司くんの顔があった。寄せられた眉と、何かを訴える瞳、苦しげな表情は何よりも雄弁に彼の心境を語っていた。傷付いている、顔だった。
その事実に気付いた途端に押し寄せる、後悔と罪悪の念。私は自分が傷付きたくないからと、赤司くんを突き放す事で彼を傷付けて自分を護っていたんだ。彼に自分が釣り合わない事なんて分かっている。だからこそ辛い現実を直視しないように、殻に閉じこもっていた。自分でも無意識にそうしてしまうほど、赤司くんに惹かれてる事を自覚していたから。
「中山7さん。」
「…っ。」
「オレを見て、中山7さん。」
辛くて辛くて、思わず逸らした視線。それを、赤司くんは苦しそうな、絞り出すような声で自分を見て欲しいと乞うた。まるで縋りつく様なその声色に逆らう事なんかできるはずもなく、そろりと、恐る恐る彼を見上げる。