第3章 変化
「聞こえなかったのか、葉山。オレは、離れろと言ったんだ。」
地を這うような声だった。怒気が溢れんばかりに零れ出していて、思わずヒヤリとする。完全に硬直しているこの場の空気を増徴させるように「ごめんなさい!」と葉山くんは叫ぶ様に言って私から腕を離す。その行動に満足したのか、赤司くんはゆっくりと腕を戻した。チラリと伺えば、見下ろす絶対零度の赤い瞳。息を飲んで慌てて隣の葉山くんへ目を向ければ、既に石像と化していた。
そんな葉山くんには目もくれず、赤司くんはすぐ傍らにあった私の鞄を手に取る。あまりの出来事に鞄と赤司くんを見れば、怒りに満ちた瞳が私を見つめていた。思わず逸らしたくなるが、それを許さないほどの強さ。ごくりと唾を飲んで視線を離せずいれば、静かな声で彼は言った。
「…帰りますよ。」
そのまま流れる動作で立ち去り、店を出ていってしまう。私も事を理解して転びそうになりながら葉山くんたちに謝り後を追えば、赤司くんは少し先で止まっていた。じっと注がれる視線が、痛い。逃げそうになる足を叱咤して、努めて強い口調で言い放った。
「…鞄、返して。」
「断る。」
即座に返ってきた、吐き捨てる様な返答。それにショックを受けている間もなく、赤司くんは私の腕を掴む。その動作は、今まで目にしてきた丁寧な所作とはかけ離れた、乱暴なものだった。むんずと腕を掴まれたまま、半ば引き摺られる様にして赤司くんのすぐ後ろを歩く。私の歩調なんて気遣ってくれるわけもなく、早すぎる速度に私は何度も転びそうになる。それでもなお彼はぐいぐいと引っ張る為何もできず、ただただ夜道を歩く赤司くんに引き摺られた。