第4章 祝福する【高尾 和成】
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遠い昔の話をしよう。
とある時代の小さな村。
一つの約束を喧嘩しながら交わした恋人達がいた。
『来世でも愛し合おう』
恋人の一人は、胡散臭いその言葉を疑いもせずに信じて人生を全うした。
それが、私、鈴木 知佳だった。
それから何百年もの時を経て転生した私は、
この「平成」という世に生を受けた。
ただ、歳を重ねるごとに前世の記憶は薄れていった。
咲き乱れた花の匂いも、
夕立が過ぎた空の色も、
華やかな蟲の音も、
降る白に繋いだ手の温度も、
所詮、今の自分には不必要な記憶なのだ。
結局、
「ままー、和成はぁ?」
「知佳が良い子にしてたら、
きっと逢えるわよ」
物心がついた頃には人物以外は忘れてしまったし、
早く逢いたくて母を困らせてばかりだった。
それでも、小学校に入学して2年目の夏。
透き通るような青空の下で私の願いは叶った。
待ち焦がれた和成に出逢えたんだ。
けれど物語はハッピーエンドではなく、
喜劇にも勝るバッドエンドだった。
愛しい恋人は私と出逢うなり、
「お隣に越してきた高尾和成だよ。
よろしくな、知佳ちゃん!」
そうやって笑って私の頭を撫でた。
な に か お か し い
頭の中が、体全部が、嫌な予感に震えた。
どうして私より手が大きいんだ。
どうして私は見上げているんだ。
いや、そんな事はどうでもいい。
どうしてどうしてどうして……、
「か……ずなり……?」
恐る恐る呼んだ名前。
情けない声音だったのは、何故か今でも覚えている。
「ん?呼びづらかったら、
お兄ちゃんでも良いかんな!」
たったそれだけ。
それだけなのに、
私には十分過ぎる位に理解できた。
「………っ」
無駄に両の眼から溢れてくるコレはなんだろう。
……あぁ、きっと、言葉にするなら『絶望』だ。
目の前の彼は、私より干支一回り分近くも年上なだけでなく、前世の記憶も無かった。
最大の不幸だ。
何が『また来世で』だ。
記憶が無かったら、意味がないじゃないか。
私は、幼児の特権をフル活用するみたいに、
恥も外聞も忘れて泣き喚いた。