第1章 桜ソング【宮地 清志】
開いたままの引き戸から中を覗くと、
あいつが俺の席に座っているのがわかった。
俯いて涙を流してる彼女。
唇を噛んで、嗚咽を堪えて、肩が震えている。
あの時もそうだった。
あれは、三年の俺たちにとって最後の試合、
WCを戦い終えた日の帰り道。
泣きたきゃ泣けばいいのにぐっと堪えて唇を噛む。
悔しいのはマネージャーのお前だって一緒だろ。
でも泣けなんて言うと、余計涙を引っ込めて溜め込むんだ。
だからただ、抱き寄せた。
ガラにもないけれど、頭を俺の胸に押し付けてそっと撫でた。
だらりと垂れていた両腕が俺のジャージを掴んだから
押し退けられるかと思ったが、
そのまましわくちゃになるまで握りしめた。
下から聞こえてきたのは震えた声と嗚咽。
「み……やじ……せんぱ……っ…ぅ…っすいませ…」
「最後まで全力で戦い抜いたんだ。気にすんな」
片手じゃ崩れ落ちそうに脆くて、事足りない。
だから両腕でしっかり抱きしめて、
暫く何も言わずに落ち着くまでそうしてた。
不謹慎かもしれないけど、
このまま離したくない、
なんて思ってしまった。
教室に一歩足を踏み入れると、
物音に気付いた彼女がこちらを振り向いた。
目を見開き、立ち上がって逃げようとする彼女に先手を打つ。
「いきなり逃げんなよ」
「み、宮地先輩…なんでっ……
トイレって言ったじゃないですか……っ」
「ここトイレに見えねえけど?」
慌てて頬と目元をごしごしこすって。
あーあ、真っ赤っか。
「泣いたのか?」
「泣いてない、っです」
やっぱりお前は震えた声でそう言うのな。
来ないで、と立ち上がろうとするのを無視して、
あの時と同じようにこいつの頭を引き寄せた。
今は座ってるから腹の辺りに顔がきていて、
ぽんぽんと撫でてやるとやっぱりちゃんと泣いてくれた。
こいつの篭った熱と濡れた涙がTシャツ一枚の布越しに伝わる。
堰を切ったように流れるそれをこの手で拭いたかったが、
俺にその資格はないから。
せめてぶつけて、気の済むまで泣いて欲しい。
薄く開いた窓から舞い込む風でふわりと揺れるカーテン。
外を見ればまだ蕾すらついていない桜の木が
寂しそうに揺れていた。