第1章 吸血鬼、赤司征十郎
ランプの頼りない灯で足元を照らしながら小走りで森の中を進む
……確かに怪物なんかよりも母や姉の方が怖い
でもだからといって怪物が全く怖くない訳じゃない
ガサガサ、と少し離れた所から茂みが動く音がして、そのたびに私は肩を震わせた
それから、出て来たのがただの兎だったことにホッとする
そんなことを繰り返しながら、
私は必死に平常心を保ちながら走った
『名前、もしあなたが何かを怖いと感じたら、楽しいことを考えなさい
すぐに怖い気持ちなんてどこかに消えてしまうわ』
不意に頭の中に響いた優しい声
思わず立ち止まった
ゆっくり目を閉じると、浮かんでくるのは温かい眼差しと頭を撫でてくれる優しい手
愛おしそうに私を見つめる、慈愛に溢れた瞳
「(お母さん……)」
私の、本当の母
その母が生きていた頃に、「天井の木目が怖い」となんとも馬鹿げた理由で泣き出した私を宥めながら、母が教えてくれたことだ
「楽しい、こと……」
今の家に引き取られてから10年間、
楽しいことなんて何一つなかった
唯一楽しかったと思える記憶は、
やはり父と母が生きていた頃のものだ
私の一族は、とても優しくて穏やかな人柄のひとばかりだった
お祖父さんもお祖母さんも父も母も、みんな優しかった
でもその一方で周りの村人からは嫌われていた
どうして嫌われていたか、なんて理由はわかっていたけれど、わかったところでどうしようもなくて
だから別に私たちは村人に対して何も言わなかった
村人たちもただ単に嫌っているというだけで、家に押し掛けてきたりなんてことは一度もなかった
でも市場に行っても何も売ってもらえず、
村で会合がある時も決して呼ばれなかった
だから私の父と母は庭で作物を育てて
家の中で独自の決まりごとを作って、
村人たちとは関わらずに
村外れの屋敷で静かに暮らしていた
私も当然、静かに育てられた
友達といえば森にいる兎とか、鹿とか
学校も行っていなかったけれど、
その代わりに父から色々なことを教わった
周りの人間とは隔たった生活だったけれど
私は幸せだった
父と母と動物さえいれば、幸せだった