第1章 吸血鬼、赤司征十郎
「名前」
「…はい、何ですか?」
段々と寒さが身に染みるようになってきた秋の終わり頃
私はすっかり日の落ちた庭で洗濯物を洗っていた
呼ばれた声に顔を上げると、見下ろす…というよりも見下すように私の前に立つ姉がいた
…まぁ、姉と言っても血の繋がりは全くないのだけれど
「少し喉が渇いたの、町まで行って何か買ってきてちょうだい」
「…お飲み物でしたら、台所に葡萄酒があったと思うのですが…」
「まぁ!口答えする気!?」
「い、いえ、そんなことは…」
慌てて立ち上がって否定すると、
姉はふん、と鼻を鳴らした
…今となっては慣れてしまったけれど、
最初の頃はこの態度に何度泣きそうになったことか
「こんな夜中に葡萄酒なんて飲める訳ないでしょう!
あたしは温かいミルクココアがいいの」
「でしたら、私がお作りします」
「無理よ、さっきミルクは全て床に撒いてしまったもの」
「え……」
「だから、それも掃除しておきなさい」
「……………」
「返事は!?名前!」
「は…はい…」
「あたしはすぐに飲みたいの、
さっさと掃除して買ってきてちょうだい」
「はい…」
くる、と背を向けて暖かい家の中に戻った姉のチョココロネみたいな髪を見つめてから、私は洗濯物を絞って籠に入れた
氷のように冷たい水で洗っていたせいか、
指先は気の毒な程に赤くなっていた
もう感覚すらない
よいしょ、と重くなった籠を持ち上げて
私も家の中に戻っていった
台所に行くと、姉の言った通りに床がミルクで水浸しになっていた
…私が困るのを見越して
絶対にわざと零したに違いない
ふぅ、と溜め息をつくと、背後からカツカツと高い足音を立てながら母がやってきた
「ちょっと名前、早くなんとかしなさい!」
「は、はい」
「まったく…、使えない子」
はぁ、と盛大に溜め息をついた母
このひととも、私は血が繋がっていない
「お母様~、見て見て!このドレス!」
「まぁ可愛い!よく似合ってるわ!」
後ろから聞こえた、さっきと同一人物とは思えない猫撫で声
それに反応する母も、私に対してとは比べものにならないほど優しく高い声だった