第4章 恨み憎む男ー灰崎ー
「…何だ?」
「え、いえ、何でもありません」
そう言って俯いた彼女は耳まで赤かった
……この時は知らなかったな
好意のある相手に鈴を贈るのが、
縁結びのまじないだったなんて
「…あの、赤司さん」
「手、重ねてもいいですか?」
「手?」
「握らなくて構いませんから」
「…別にいいが」
よくわからなかったが断る理由もなく、俺はベンチの上で手を広げた
掌を上に向けると、彼女の白い手がゆっくりと俺の手に降ってきた
彼女の言った通り別に握るわけでもなくただ重なっただけの、お互いの手
じんわりと温かい体温がやけに柔らかい掌から伝わってきて、すごく心地良かった
「…少しずつ」
彼女がぽつり、と呟いた
「少しずつでいいんです」
「少しずつ?」
「今すぐに握って欲しいだなんて言いません
あなたが握りたい、と思った時に握って下さい」
「…どういう意味だ?」
「変ですか」
「かなりな」
「でも本気ですよ」
彼女の言葉に彼女を見た
彼女も俺を見た
「ですから、あなたが握って下さるまで私も絶対に握りませんから」
「いつになるかわからないよ」
「いいんです、時間なんていくらでもありますから」
「…」
…本当はその場ですぐに握りたかった
でも握らなかった
ずっと握らないままでいれば、彼女とずっとこのまま座っていられるとでも思っていたんだろう
それに、彼女の言う通り時間なんていくらでもある
これから先、時間はまだまだ与えられている
ゆっくり、自分のペースでやっていけばいい
そう言った彼女の手は少しだけ震えていて、でもすごく優しかった
そう、時間なんていくらでもあると思っていた
これから先も、ずっと一緒にいられると思っていた
それだけに別離の時は本当に突然訪れた
彼女の両親が亡くなったのだ
死因は当時村で流行っていた伝染病
俺が彼女の屋敷に通い始めて、
2ヵ月経ったある日のことだった