第1章 一、後押し。
パタンと扉が閉まると、紙とインクの独特な匂いがさらに濃くなった。
さまざまな書物で溢れた鴎外さんの部屋は、彼らしく絶妙なバランスで整頓されていた。
「さて早速だが子リスちゃん。せっかくだ、何か飲むかい?」
「え、いや、さっきまで春草さんとお茶をいただいていたので…喉は乾いていないです。」
「ほう、春草とは茶が飲めても、僕とは飲めないと?」
「…いただきます。」
そうだとも、遠慮はするなと、鴎外さんはご機嫌でお茶の準備を始める。
どうやら最初から拒否権はなかったらしい。
「今日会っていた友人から、とてもめずらしい茶葉を分けてもらってね。香りも味も変わっているようだからこれはご馳走せねばと…ほら、熱いからよく冷ましてから飲みなさい。」
ふわりと甘いその香りは、確かに現代でも嗅いだことのないものだった。
ティーカップを受け取り、フゥっと息を吹きかける。
「…?鴎外さんは飲まないんですか?」
「僕はお前の反応を見てから飲むことにしよう。さあ、遠慮せずに飲みたまえ。」
よく分からない期待に満ちた眼差しを受けながら、私はゆっくりとそのお茶を飲んだ。
「…うーん?美味しいような美味しくないような…。」
なんとも例えようのない味だ。
苦くもなく渋みもない点においては、鴎外さんの淹れ方が上手なんだろうけど、お茶の味はと言われると…。
よく分からず、もう一度口をつける。
「なんだろう、何と言えばいいのか…味…。」
美味しくはない。
美味しくないはずなのに、飲むのを止められない。
気付くとティーカップは空になっていて、それでもなんだか飲み足りなかった。
「…芽衣。おかわりするかい?」
「ん、んん、はぁ…。は、い…。」
「よし、いいこだ…。」
熱いお茶を急に飲んだからか身体が熱い。
それに、なんだか、ふわふわして…。
鴎外さんにティーカップを渡そうとしたはずなのに、上手く扱えずにカップは手から滑り落ちた。
カチャンッ!
「あ、割れちゃ…すみませ…。」
「いけない子だね、お前は。どうやらお仕置きが必要なようだね。」
綺麗な指が頬を掠める。
耳を優しく撫でられ、ゾクリと背中が震えた。
「んっ…!」
「…顔を上げなさい、芽衣。その口で、何が欲しいのかねだりなさい。」