第1章 一、後押し。
欲しいもの。
よく分からないけれど、どこでもいいから触れて欲しくて、私は鴎外さんの手に頬をすり寄せた。
「言わないと分からないよ、芽衣。…本当にお前は愛らしい。」
空いたもう片方の手で私の髪を梳き、鴎外さんは鎖骨のラインを指でなぞっていく。
焦らされる感覚がたまらなくて、私は小さく声を出してしまった。
「ゃあっ…!」
「ははっ、これはまた可愛らしい鳴き声ではないか。…あまり男を煽るものではないよ。」
抱き寄せられ、鴎外さんの顔が近づいてくる。
ダメ、これ以上は…!
「なあ子リスちゃん…本当に、春草などやめて僕を選ばないか?僕ならお前を…。」
コンコン。
「鴎外さん。」
ノックする音と、愛しい声が聞こえた。
鴎外さんから離れようと腕に力を込めようとしても、力が上手く入らない。
弱々しく拒否の意思で抗議してみても、鴎外さんは飄々とした様子でドアの向こうに呼びかけた。
「何か用かい春草。」
「その…土産の発表会はいつまで続くのかと。ただ土産を見るだけなら、彼女の時間をそこまで使う必要はないのでは?」
「婚約者との愛する時間をお前に咎められるとはね。」
「それなんですが。」
一際大きく声の音量を上げて、春草さんははっきりと言った。
「解消していただけませんか?彼女と鴎外さんの婚約を。」
鴎外さんの動きが止まる。
「…どうしてだい?」
「彼女が好きなのは俺で、俺も彼女が好きだからです。」
真っ直ぐな春草さんの言葉に、名前を呼びたくて身をよじってみるけれど、鴎外さんの手で口を覆われてしまい、声が出せない。
「お前がそう思っているだけで、芽衣の本心は分からないではないか。」
「だったら、彼女本人に聞けばいい。彼女を、…芽衣を返して下さい。」
苦笑いを浮かべて、鴎外さんは私の口から手を離した。
「返すも何も、お前を春草にやったつもりはないのだがね…しかし、それほどまでにあの男も本気ということなのだろうね。」
鴎外さんは少し晴れやかな表情になり、私は肩を抱かれるようにしてドアの前に立った。
静かに鴎外さんは扉を開けると、演技っぽく春草さんに告げた。
「子リスちゃんにあの土産は刺激が強すぎたようだ。春草、後は頼んだよ。」