第1章 一、後押し。
久しぶりに恋人同士のような雰囲気になれたのに。
春草さん…。
「お、鴎外さんなら誰かと会う約束をしているとかで…あの、私、部屋に戻ります。」
淡い期待をしてしまった自分が恥ずかしくて情けなくて、逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。
立ち上がり、顔を背けるようにして階段に向かおうとすると、
「ま、待って!」
焦ったように春草さんが私の手を掴んだ。
引き戻された拍子にバランスを崩した私は、体勢を戻せずに春草さんの膝に座ってしまう。
「きゃっ…春草さん、あの…っへ!?」
そして、気付いてしまった。
固い何かが、私のお尻の部分に当たっていることに。
「うわっごめ、そんなつもりじゃ…!」
一気に春草さんの顔が真っ赤に染まり、互いの間に何とも言えない空気が流れる。
それでも、春草さんは私の手を握ったまま離そうとはせず、私も変に刺激をしないよう、動かずにいるのが精一杯だった。
そんな時。
「ただいま子リスちゃん!お土産があるぞー!」
「!!!」
「…おや、春草。帰っていたのかい。」
サンルームの扉が開いたのを合図にしたかのように、私達は咄嗟に離れた。
ドクドクと心臓が脈打ち、変な汗をかいているのを感じる。
「お、おかえりなさい鴎外さん。お土産ってなんですか?」
平静を装って笑顔を作ると、鴎外さんは怪しくニヤリと笑った。
心なしか、その視線は私ではなく春草さんに向けられているような…。
「いや、ここでは何だからね。僕の部屋に行こうではないか。」
「えっ…。」
「ん?なんだい春草。この子に何か用でもあるのかい?」
「いえ、そういうわけでは…。」
「まさか僕と、僕の婚約者である子リスちゃんの大切な時間の邪魔はしないだろうね?」
え?婚約者…って、鴎外さん、私と春草さんの仲を知ってるのに…。
春草さんも何かを言いたげに口を開きかけたものの、諦めたようにため息をついた。
「どうぞごゆっくり。」
「では行くとしようか、芽衣。」
鴎外さんは優しく私の手をとり部屋へとエスコートを始める。
歩きながらチラリと春草さんを見てみたけれど、その視線が交わることはなかった。