第1章 一、後押し。
「それで、君は何の用事があって外に出ていたの。」
サンルームで手早く昼食を食べ終えた春草さんにお茶を煎れて手渡すと、隣の席に座るよう促された。
誘われるがままに座ると、春草さんはほんの少しだけ口元を緩ませる。
「用というわけでは…ただなんとなく散歩でもしようかなと思っただけで…。」
言っているうちに、自分が暇人であることがどんどん露呈していくようでその声は尻すぼみになっていく。
私も春草さんと同じように、何かの学生になるか働くかした方がいいんだろうなあ。
「…芽衣。」
不意に名前を呼ばれ、驚いて顔を上げると、いつになく真剣な目をした春草さんがこちらを見ていた。
「本当は、ずっと俺が傍にいてあげられたらって思うけど…俺も、君と同じこの屋敷に居候の身で、ここにいるのも絵の勉強をするためだから、学校をさぼって君といるわけにはいかない。かといって、ここを今すぐ出て、君を養いながら生活していくことも現実的に不可能だ。」
「……。」
「意識してって、言ったよね。それは君が魂依だからとか、そんな理由じゃなくて、いやもちろん物の怪にも注意はしてほしいんだけど…。君の周りには、俺以外の男も多いから…不安になる。」
「え…?」
何の話だろうと聞いていた私は、予想外の言葉に固まる。
不安…って、それって…。
「気づいていないのかもしれないけど、鴎外さんや藤田、泉もそうだ…他の男と話している時の君の顔は、どうしたって俺を不安にさせる。君が楽しそうに笑うから、人攫いじゃなくても、あの人たちにいつ君を盗られるかと思うと不安でたまらない。」
春草さんは苦しそうに、吐き出すようにそう言いながら私を見つめている。
「いっそ鍵をかけて閉じ込めておけたら、なんて思うよ。…君のことが好きすぎて、大切すぎて…怖い。」
「春草さ…。」
ぐいっと引き寄せられ、自然と瞼が閉じていく。
軽い音と共に、すぐに唇は離れた。
「あ…。」
もう、終わりなの…?
ゆるく息を吐くと、ゴクリと春草さんの喉が鳴った気がした。
「…いや、ダメだ、大切にしようって決めただろ…。」
「え?」
「なんでもない。それより、鴎外さんはどうしたの。」
甘い雰囲気は一瞬で、次の瞬間にはいつもの春草さんに戻ってしまっていた。