第1章 一、後押し。
少しして、すっかり満腹になったお腹をさすりながら私も立ち上がった。
食器を洗いながら、今日は何をしようかと考える。
…現代に帰ることをやめたことで、チャーリーさんに会う理由もなくなって、日比谷公園に足を運ぶこともなくなった。
春草さんが私のことを好きでいてくれる限り、私もずっと春草さんの傍にいたい。
こんな私をどうして好きになってくれたのか、もしかしたら好きという気持ちよりも、仲良くなった友達と別れたくなくて、理由に「好き」という言葉を当てはめただけかもしれないけれど…。
それでもいい。
私が彼と一緒にいたいのだから。
「…少し、散歩にでも出よう。」
そう呟いて、濡れた手を拭きながら自室に向かった。
* * *
鴎外さんの屋敷の周りでは、野良猫をよく見かける。
春草さんがよく口説いている猫は大半が野良猫で、今の私のように散歩に出ている飼い猫は少ない。
さっそく目の前を横切るトラ柄の猫を見て、思わず笑ってしまう。
…ここに春草さんがいたら、さっそくデッサンを始めるんだろうな。
なんて考えながら歩いていると、前から来た人にぶつかってしまった。
「わっ…す、すみません!」
「おい娘。昼間からフラフラと歩くな。」
聞き覚えのある堅く隙のない声に、思わず縮こまる。
「…藤田さん。」
「まったく…保護者がいないと、お前はまともに道も歩けんのか。」
巡察中らしい警視庁妖羅課の藤田さんは、今日も今日とて厳しい言葉をくれる。
鹿鳴館での一件があってから、怪しい人物としてマークされている私は、こうして藤田さんに話しかけられることが度々ある。
チャーリーさんとの接触がなくなってからは藤田さんも何か感じるものがあるのか、前ほどきついことを言うことはなくなった。
「…ふん、今日はあの美術学生は一緒ではないのか。」
「え?」
美術学生…春草さんのこと?
「なんだ、その顔は。お前は奴と恋仲なのだろう。」
「え、あ、はい、そうですけど…。私、藤田さんにそのことをお話ししましたっけ?」
戸惑い気味に質問を返すと、愚問だとばかりに藤田さんは盛大に鼻で笑った。