第15章 アンチビート 空条 ★
突然、あなたが私にしてきた触れるだけの優しいキス。
思い切り殴って、触れた唇を強引に拭って家に帰ったのを覚えているの。何度も水であらって歯も磨いて、それなのに、承太郎とのキスの味が忘れられなくてその日の晩御飯は酷く不味かった。
平然とした顔であなたが私の隣に立つ。
別にここらの空気が汚れているって訳じゃないのだけれど、とても肺に入れていていい気分にならない。そう、空気すら不味く感じる。
「亜理紗、愛してる」
嗚呼、もう、聞き飽きたわ。その言葉はもう私に響かない事を承太郎は知っているはずなのに、気分が悪いッたらありゃしない。
「触らないで」
不意に掴んできた右腕から何かが侵食していくように脳内を犯してくる。
ほらまた、私が私ではなくなってまたあなたの事を傷つける。
それでも私をあなたという呪縛から解いてくれることはない。だからあなたの顔にはガーゼも貼られていくし切り傷だって増えていく。周りはどう思っているのかは知らないけれど私はその様子を見て愉快とまで思うわ。
少しだけ寂しそうな顔をするのね、それが私を愛した罪の味。
「少しでもいい、俺の前で笑ってくれ」
そう零した承太郎らしくない言葉に私は驚きが隠せなかった。だから偽りでもいいというのなら一度だけ笑顔だって見せてあげる。でも辛いわ、偽りの笑顔なんて。
そろそろ限界よ、あなたがいるこの世界は苦しくて辛くて仕方がない。
「ねえ、あなたは私のどこが好きなの?」
珍しく私が話しかければ表情には出さないものの少し嬉しそうに顔を上げた承太郎、なんて単純なんだろうと思いながらもその横顔を見る。
「全部、全部が好きだ」
「そう」
それなら私はこういうわ。
「あなたが好きな私が大嫌い」
私の我儘をきいて。