第3章 soundless voice
の病気はゆっくりと、だが確実に進行していった。
雪がちらつき始めた二月。
は病気によって聴覚を失い、視覚も衰えつつあった。
それでもは笑顔を絶やすことはなく、そんなを不安な顔にさせないように、俺も常に笑顔だった。
あと少しでいいから、まだと一緒に居たい。
あと少し――もう少し――
けれども、俺の思いとは裏腹に「その日」は何の前触れもなく、唐突に訪れた。
のお母さんから電話を貰ってから約十分。息を切らせながら、たどり着いたの病室。
そこではの担当の先生や看護師さんが慌ただしく行き来していた。
「もう…手の施しようが…」そう告げる声。
の家族の涙。
目に見えるものすべてが、まるで何かのドラマを見ているかの様に現実感がなかった。
「孝支君」
ベッドサイドで泣き崩れていたのお母さんが、おもむろに顔を上げて俺を呼んだ。
「来てくれてありがとう。……が呼んでるから、近くにいてあげて?」
「……っ。は、い」
動かなくなっていた足を無理矢理動かして、ベッドサイドに移動し手を握る。
「……?」
「孝、ちゃん」
切れ切れで苦しそうに、は言葉を紡いだ。
「今までずーっと、いっしょに、いてくれて……ありがとう」
いつものように笑ったの目には涙が浮かんでいた。それはの闘病生活で俺に見せた最初で最期の涙だった。
頬を流れるそれを手でぬぐいながら、俺は笑った。
言いたいことは沢山あったけど、喉につっかえて出てこない。出てきたとしてもには聞こえないだろう。
だからせめて、最期には笑顔を見せたい。
泣き顔じゃなくて笑顔を覚えていてほしい。
が今どれくらい見えるか分からないけど、俺だったらそうしてほしいから。
やがて――の命の終わりを告げる、無機質な音が病室に響いた。