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あいことば

第1章 あいことば




彼女だ!と思うのと同時に電光板に視線を向ければ、間違いなく俺の降りるはずの駅が迫っていた。俺を知っていた、と喜びながらも、彼女はどうして俺の降りる駅を知っていたのかが謎で仕方がない。今まで内に秘めていたことが多すぎて言葉にならず、不安そうな彼女の顔を穴が開くほど見つめていたら、無情にも駅に停止した音に現実引き戻され、彼女へのお礼もおざなりになりながら急いで下車した。去り際に彼女がほっとしたような表情をしていたのが印象的で、あまりの衝撃にそのあと家に帰るまでの記憶は吹っ飛んでいた。心此処に在らず、だったらしい。

翌日。いつも以上に逸る胸を宥めながら、一つ深呼吸をして電車を待つ。今日も彼女はこの電車に乗っているはずだ。まず昨日のお礼を言って、そこから会話を続ければいい。どんな話をしようか、どうすれば自然か、どうしたら彼女に近付けるか。そんなことを悶々と考えていたらあっという間に電車が来て、いつものように他人に押しやられながら彼女の定位置となっている座席に目を向ける。今日は本を読んでいるわけではなく、どこか緊張した面持ちの彼女が、俺に気付いたようだった。

ぺこりと座りながらお辞儀されて、どぎまぎしながら目の前に立つ。話し掛けようと口を開いたが、意外にも話し掛けてきたのは彼女だった。

「あの、…昨日はごめんなさい。突然話し掛けて…。」
「え、あ、とんでもないッス!おかげで寝過ごさなかったんで、寧ろ助かったッス。」
「そうですか、それなら良かった。もし間違っていたらどうしようって思ってたんです。」

ふわりと、彼女が笑った。今まで緊張していたのはその言葉通りだったようで、俺があの駅で降りるかどうかは賭けだったらしい。それでも寝過ごしてしまう俺を見過ごせず、意を決して話しかけたみたいだ。

「毎朝この電車に乗ってますよね? いつもこの駅から乗られるから、帰りもそうなのかなって思って。」
「え…あの、俺のこと、知ってるんスか…?」

思わず、声が震えた。彼女は絶対に俺に気付いていないと思っていたのに。俺を認識していたどころか、毎朝同じ電車に乗っていたのを覚えていたなんて!この車両に乗っている人間だけでかなり大勢いるのに、俺を見ていてくれていたなんて!喜びに叫びそうになる自分を必死に抑えながら聞くと、彼女は少しおどけながらこう言った。


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