第1章 あいことば
「気持ちってさ、理屈じゃないんだよね。想いは、理性じゃ止められない。だめだって分かってる。一人の大人として、私は黄瀬君を突っぱねなきゃいけない立場に居るの。でもそれが出来ないのは…私が人として未熟すぎるってのも一つなんだけど…。」
「…中山、さん…?」
「好きになっちゃったんだもん。仕方ないよね。」
困った様に笑うその顔が、こちらを見ながら涙目になるその表情が、震える声で絞ったその言葉が。俺を突き動かすように背中を蹴り飛ばして、気が付いた時にはその華奢な身体を抱き締めていた。ビックリしたように肩を揺らしてから、中山さんは続ける。
「本当はね、断るつもりだったの。ちゃんと練習したんだよ。大人の対応が出来る様に。…無理に決まってるのにね。黄瀬君の姿を見た瞬間から、もう逆らえなかったの。自分の気持ちに、嘘は吐けないね。」
俺の腕の中で泣き笑いような顔をしながら見上げたその姿にたまらなくなって、ここが外だという事もすべて忘れてその唇に噛みついた。一瞬強張った体で俺を押し返そうとした腕を抑えて、角度を変えてキスをする。目尻から零れた涙を指で拭えば、吐息と吐息が混ざり合って消えていった。我を忘れて重ね合わせた唇が異様に熱くて、中山さんをより強く抱き寄せた。次第に息継ぎを忘れていた俺は、苦しそうにする中山さんを見て我に返り、急いで唇を離す。名残惜しく感じながらも、謝ろうとした俺の顔を両手でそっと掴み、中山さんは言った。
「好きです。」
あまりに美しく笑うから、また息をするのを忘れてしまった。震える手で中山さんの手を取り、囁く。
「俺も、好きです。」
それは、二人だけのあいことば。