第1章 あいことば
今日も何も進展が無かった。思わず溜息を吐きながら電車に乗る。運良く座れたので、疲れもたまっていたのかついつい転寝をしてしまった。電車の揺れが心地よく、程よく空調も効いていた為余計に眠気に拍車をかけ、5分程度眠るつもりがぐっすりと眠り込んでしまっていた。
夢の中で、彼女に会った。名前も知らない彼女は俺に笑いかけている。俺の名前を呼んでいる。これが現実だったらどんなに良いかと思った時点で、これは夢だと気が付いた。現実では彼女は俺を知らないし、笑いかけながら名前を呼ぶなんてこともしない。その辺にいる乗客Aと同じ扱いな俺を認識しているかどうかすら怪しいのだ。誰かを想ってこんなに胸を締め付けられる事は初めてで、どうしたら良いか分からなかった。夢の中の彼女は綺麗で、可愛くて、俺が見惚れたあの笑顔を振りまいている。心地よい微睡みの中に溺れていた時、トントンと肩を叩かれた。
「あの…、」
「…ん、…うん?」
「突然ごめんなさい。あの、次、降りる駅じゃないですか?」
「え?」
目を疑った。今まで夢に出てきていた、彼女だった。彼女が俺の隣の座席に座り、俺の肩を叩いて起こし、すっと電光板に視線を向ける。突然の事に目を白黒させる俺はポカンと口を開けたままに、間抜け面をしながらひたすら彼女を見つめていた。