第1章 あいことば
あの日から二週間が経った。
毎日彼女を見ていて、最初は本当に見つけるだけで幸せだった。話は出来ないし、そもそも彼女は俺を知らない。けれど、共に過ごせる朝の時間が一番の幸福だった。たまに携帯を開いて薄らと笑ったりだとか、少し難しい顔をしていたりだとか、その一挙一動に目を離せなくて。ストーカーのようで自分でも若干引きながらも、それでも彼女を見つめる事をやめられなかった。
外見は、どこにでもいそうな普通の女性だ。俺が一緒に仕事をしているような、スタイル抜群の容姿端麗な女性ではない。可愛い系か綺麗系かと尋ねられれば、綺麗系だと答えられるだろう。それでも飛び抜ける容姿ではなかった。背も高いわけではなくて、寧ろ一般的な身長よりは随分低いと思う。だから彼女が席を立って電車を降りる際に俺の横を通った時、あまりの小ささと俺との身長差にビックリしたのは記憶に新しい。そんな風に毎日新しい発見をしながら、毎日彼女に会えるのが楽しみだった。でも。
(…足りない。)
人間とは浅ましい生き物で。最初は見ているだけで満足だったのに、だんだんと欲が出てきてしまった。彼女と喋りたい。俺を見てもらいたい。その欲求は日を追うごとにどんどん大きくなっていって。もう彼女を見つめるだけでは、満足できなくなってしまった。だからといって話しかける切っ掛けもなく、そんな勇気もなく、あの日から三週間が経とうとしていた。