第1章 あいことば
あの電話から、三日後。今日は約束の日。
前日の夜に中山さんからメールがあり、直接話をしたいとの事で俺は指定された公園に向かっていた。部活終わりで遅くなる事を伝えたが、中山さんも仕事終わりに来てくれるらしく気にしないでほしいとの返事だった。メールの文章は、いつもと変わらない様子だった。気を遣われているのが分かった。それでも約束は約束なので、行かないわけにはいかない。足取りは重いが、進まなきゃいけない気がした。断られたとしても、中山さんに対する俺の気持ちに嘘偽りは無いんだから。胸を張って、振られて来よう。そう決意して顔を上げれば、ベンチに中山さんの姿が見えた。
「…っ、」
ごめん、中山さん。俺、やっぱり貴女の事が好きです。気持ちに嘘偽りがないからこそ、貴女が欲しい。諦められないことなんてとっくに分かってた。溺れる様に恋をしていることだって分かってた。みっともなくなったっていい。形振りなんて構えない。だって、俺は。
「…黄瀬君?」
「…中山さん…。」
「ごめんね、部活終わりで疲れてるのに呼び出しちゃって。」
「…あ、いや!大丈夫!ッス…。」
どこか歯切れ悪く言う俺を咎めることも無く、不審がることも無く、中山さんは困ったように笑った。促されるように隣同士腰掛けたベンチで、少しの間無言の時間が続いた。いつものように場を明るくするために何かを言うべきなのだろうと思ったが、とてもじゃないけどそんなことを出来るだけの心の余裕が俺にはなかった。情けないと項垂れながらも沈黙に居心地が悪くなった頃、そんな空気を振り払うように中山さんが話し出した。
「…だめだね。」
「え?」
「私、こういう空気苦手でさ。言い出したのは私なのに、居心地悪い思いさせちゃって、ごめんね。」
「そんな…。」
「…黄瀬君の気持ち、すごく嬉しかったよ。」
どこか懐かしむように緩く笑って話し出した中山さんに、切なく胸が軋む音がした。