第1章 あいことば
放心した俺はそのあと中山さんとどう別れたのか分からないまま、気が付いたら家にいた。ぼーっと自室の壁を見つめて、思い返すのは中山さんの笑顔。困らせるつもりも戸惑わせるつもりも、無かったのに。
今まで女の子は向こうから寄ってきた。俺が必要としなくても常に傍らにあった。言い方は悪いが選り取り見取りと言うか、別にわざわざ求めなくても与えられていた。そんな俺が初めて恋に落ちた。初めて一目惚れをした。雷に打たれたような衝撃だった。中山さんは何も言っていないのに、何故だかその気持ちを否定されている気がした。気の迷いとか、年上が珍しいとか、世間体とか。そんなものはどうでも良かったし、そんなつもりもなかった。けど、中山さんはどうだろう。そうじゃないかもしれない。
俺が本気でも、中山さんに伝わっていないのかもしれない。放心していた頭でそう思った俺は、漸く、自分が本気だってことを伝えてない事に気が付いた。想うままに好きだって言っただけで、戸惑う中山さんを気遣えなかった。彼女は、俺以上に苦しそうな表情をしていたというのに。次に思い出せたのは、気持ちを伝えた後の中山さんの戸惑った表情だった。困ったような顔だった。どうして、と思うより早く、行動していた。携帯を起動し、探したのは彼女。初めてかけた電話口では、緊張したような硬い声が響いた。
『…はい。』
「俺、中山さんが好きッス。」
『…きせ、くん?』
「本気ッス。年の差とか、世間体とかどうでもいい。気の迷いなんかじゃないッス。」
『………、』
「俺、本当に、…本当に中山さんが好きッス。」
祈るように、伝えた。