第1章 あいことば
そう告げてくれた中山さんに、俺はもう自分の気持ちを抑える事が出来なかった。何も考えないままに、思うままに、その小さな細い体を抱き締めた。驚いたのか咄嗟に固まる中山さんを気遣う余裕すらないままに、とにかく好きだって気持ちが溢れ出た行動だった。自分よりずっとずっと小さなその体は思っていた以上に細くて、力を入れたら折れてしまいそうだ。肩口に顔を寄せれば甘い香りがして、まるでそれを堪能するように目を閉じた。
このまま、離れたくない。
「あ、あの…黄瀬君?」
「!」
そのまま数秒経ち、カチコチに固まったままの中山さんが発した俺の名字で、漸くハッと我に返った。何をしでかしたかだんだんと理解し始めて、ババッと中山さんを解放する。感情に任せてとんでもないことをしてしまったという後悔がじわじわ襲ってくるが、それでも中山さんが目に見えて嫌悪や拒絶を表さなかった事に安堵し喜んでいる自分もいた。戸惑うように目を泳がす中山さんの顔は真っ赤で、困ったような顔をしていて。身長差のせいで自然と上目遣いになるその仕草が堪らなくて、ごくりと喉が鳴る。
このまま俺のものにできたらいいのに。
瞬時に浮かんだ考えを振り切るようにブンブンと頭を振って、欲に負けてしまいそうな自分が情けなくて恥ずかしくて二人して顔を真っ赤に佇んでしまう。俺の思考回路が中山さんに筒抜けだったらドン引きされるだろうな、とか、現実逃避の様な事が思い浮かんだけれど、掴んだその細い腕を離そうとは思えなかった。
いろいろ思うところはあった。でも、やってしまったことは仕方がない。割り切るしかない。それよりも、自分の素直なこの想いを誤魔化してまでこの場をやり過ごすのは出来なかった。中山さんにとってみれば、俺はガキで、弟のように思っているのかもしれない。恋愛対象じゃないだろう。メールだって送られてくるから返してくれて、俺が我儘を言ったから試合も見に来てくれて。そこにあるのは中山さんの優しさや情で、俺が抱えているものとはまったく違う。それでも。俺は、
「…俺、中山さんが好きッス。」
「!」
この想いを燻らせることなんて、出来ないんだ。