第4章 その娘、武人にて迷宮に挑む
気持ち悪さに打ちひしがれる中、誰かが肩をちょんちょんと突いた気がして其方をを見れば、しゃがんだ状態の紅覇が此方を向いて笑い掛けていた。
釣られて微笑み返すと、紅覇が手招きをして耳を貸せと言ってくる。
何だろうと思いながらも耳を寄せると、紅覇は小さな声で「服、透けてるよ」と囁いた。
ちらりと視線を向けると、確かに一番上に着ていた着物が透けている。
先程の生き物の中に取り込まれた所為だろう。
べたべたしているのが何とも言えず気持ち悪い。
「あ、本当だ。」
「あれ、反応薄くない?」
「そうですか?」
「もっとこう、女の人って『きゃー!』って叫ぶでしょ。」
紅覇がそう言うので、莉蘭が「きゃー」と声を上げると、紅覇は「棒読み過ぎ」と言って爆笑し始めた。
それはまあ、中までがっつり透けているなら悲鳴も上がるだろうが、お生憎様、中には色付きの着物を着ている。
その為、一番上の着物が透けても何ら問題は無いのだ。
それでも叫ぶ人は叫ぶのだろうが。
「莉蘭って偶に男前な処が有るよね〜」
「私だってちゃんと女ですよ。」
笑い転げる紅覇を他所に、莉蘭は立ち上がると着物を着たまま泉の中へと入って行った。
理由は勿論、このべとべとを洗い落とす為である。
何時までもぬるぬるしていては本当に何かを戻してしまいそうだ。
これ以上精神的な攻撃は遠慮したい。
莉蘭は胸の辺りまで浸かれる深さまで進むと、大きく息を吸い込んで頭まで潜った。
そのままぶんぶん頭を振れば、髪に纏わり付いていたものが剥がれていく。
何度か潜りながらそれを繰り返し、着物に付いているものも落としている途中、莉蘭はある事に気が付いた。
「紅明さん!」
名前を呼べば彼は直ぐに泉の側まで来てくれた。
「如何かしましたか。」
「あの、この水変なんですよ。」
「…と、言いますと?」
「濡れないんです。それどころか、濡れてた着物も乾いてきてます。」
ほら、と着物の裾を見せれば、それを手に取った紅明が何やら考え出す。
莉蘭は、先程の違和感もこれだったのだろう、と乾いた服を見て納得した。
あの時水を掬った手は、今思えば濡れていなかったのである。
紅明は紅炎を呼ぶと、そのまま作戦会議を始める。
莉蘭はその様子を水の中から眺めていた。