第3章 その娘、王族にて政略結婚を為す
だんだん顔を見ることすら恐れ多いことに思えてきて、終いには俯いてしまった。
立ち上がろうにも膝の上に腕があり、勿論退けるわけにもいかず、八方塞がりな状態だ。
「おい。」
「…はい。」
「取り敢えずこっちを見ろ。」
そう言われて紅炎の顔を恐る恐る見上げると、楽しんでいるのでも怒っているのでもない無の表情を写した顔がそこにあった。
確りと視線を合わせると、紅炎は満足そうに微笑んだ。
…様に見えた。
「お前は普段、敬語は使わんだろう。」
聞かれて「はいそうです」と言うわけにもいかず、莉蘭は何とも言えない表情をする。
今は動揺し過ぎていて誤魔化すという作業は頭に一切無かった。
何も言えずにいると、「矢張りな」と紅炎は溜息を吐く。
流石に普段年上の人と話す時は敬語だが、王族と話す時のような最高敬語は使わない。
何せ王宮には自分の身内以上に高位の者は居らず、国外に出るのもこれが初めてなのだ。
現在使っている敬語は、急に決まった今回の縁談の為に付け焼き刃で仕上げたものだった。
慣れないことはするもんじゃないなと莉蘭は心の隅っこで思う。
「申し訳ありません。どこか可笑しかったでしょうか。」
「まあ、多少ぎこちないが良くやっていた方だろう。」
「…有難う御座います(?)」
「……別にそこまで畏らなくてもいいだろう。もっと気楽に話せ。」
気楽にと言われても、自分のような身分の者が未来の国王に成りうる存在の人にそんな態度で良いものなのだろうか。
「何を躊躇う。お前は妻だろう。」
「しかし、」
「妻は妻らしく堂々としていろ。」
「……はい。」
紅炎の言うことも尤もだが、そんな恐れ多いこと出来るはずもない。
然し何を言っても聞いてもらえなさそうなので、此方が折れるしかなさそうだった。