第3章 その娘、王族にて政略結婚を為す
「え?あの日の夜?」
「そうですよ。お二人で部屋に戻られたでしょう?」
本当の休憩中に嬉々として聞いてくるのは、この国一の魔法使いミュラである。
あの日の夜の出来事を彼女は偶々目撃したらしく、何やら変な期待をしている様だった。
お陰で王宮内には根も葉もない噂が流れている。
______"ならば惚れさせてやる"______
男の人特有の低い声が脳内に響く。
根掘り葉掘り聞いてくるミュラの所為で昨夜の事が思い返され、序でにあの時の体勢を思い出して莉蘭は赤面した。
「あ、やっぱり何かあったんですか?」
「何も無かったに決まってるでしょ!変な期待しないのっ。」
そう言って莉蘭はミュラの額にデコピンを喰らわせた。
ミュラは額を押さえて大袈裟に痛がっている。
「えー、何故ですか。暗い部屋に二人きり。莉蘭様はベッドに押し倒されて…キャー!」
ミュラは両手で頬を抑えると、その場でじたばた悶え出した。
金色の髪がふわふわと揺れている。
その様子を莉蘭は白い目で眺めていた。
何を想像しているのかは何となく予想出来るが、残念ながらその様な事実は全く無い。
大体、あの無表情がそんな事する筈無いだろう。
…いや、全てが外れている訳では無いが。
あの時は物凄く身の危険を感じたのだが、紅炎は何をするでもなく、大人しく自分の部屋へと帰って行った。
その後心底ほっとしたのは言うまでも無い。
「想像するのは自由だけど、実際、何も無かったわよ。」
「本当に何も無かったんですか?」
「有るわけないでしょ。仮にも一国の皇子なのよ。そんな不祥事あってなるものですか。さ、この話はお終い。稽古に戻るからあっち行った行った。」
莉蘭は立ち上がると稽古を再開する。
ミュラは只の冷やかしで、担当は別の人である。
名残惜しそうに駄々をこねるミュラを放置して、莉蘭は稽古に集中したのだった。