第3章 その娘、王族にて政略結婚を為す
紅炎はじたばたともがく莉蘭を真上から見下ろすと、くくっと喉で笑った。
「そうだな、一番は矢張りその目だな。」
「目?」
突然何の話だと莉蘭は眉を顰めて紅炎を睨んだ。
「その真っ直ぐに俺を見るその目に、興味が湧いた。あとはそうだな、屈伏させたくなった、と言うのもあるか。」
この男は人の上で何て話をするんだ。
自分の身に迫る危険に血の気が下がる思いだった。
然し人間とは不思議な生き物で、莉蘭は迫り来る危機にもある種の興味を抱いていた。
この人は一体何がしたいのか。
何を考えているのか。
それだけを考えていると、莉蘭は睨むことも抵抗することも忘れてただ呆然と紅炎を見上げていた。
不意に紅炎の顔が下がり、その意図を察した莉蘭は慌てて顔を背ける。
その瞬間昼間のことが脳裏を過ぎった。
「未だ抵抗するか。…面白い。」
そう言うと紅炎は目の前に晒された首に口付る。
「っ⁈」
莉蘭は声にならない悲鳴を上げた。
抵抗する暇など無かった。
先程の言葉に威圧的なものは感じられなかった。
首に感じた感触も優しいものだった。
それらがまるで自分のことを愛しいと言っている様で、顔から火が出そうな程恥ずかしい。
きっと今赤くなっているに違いない。
腕が捕らえられている為顔を隠すことも出来ない莉蘭は、間近にある紅炎の顔から必死に顔を反らして見られるのを防いだ。
それを見た紅炎がふっと笑い、その吐息が首に掛かる。
強張った体はそれにすら反応して大きく震えた。
もう恥ずかしくて死にそうだ。
それ以上は耐えられず、莉蘭は声を上げる。
「わ、私は!…貴方みたいな、人______ 」
後半は殆ど聞き取れない程小さな声だった。
然し紅炎には十分聞こえる距離だ。
莉蘭は未だに外方を向いていた。
その表情は薄暗くて分かりにくいが、耳元まで真っ赤なのは何と無く分かった。
それを確認した紅炎は体勢を少し起こし、にやりと笑うと「ならば惚れさせてやる」と低く囁いた。