第3章 その娘、王族にて政略結婚を為す
『良い機会』この言い方では兄を傷つけてしまう。
そう分かっていながら莉蘭は敢えてこの言葉を選んだ。
事件の後酷く自分を責めていた兄に対して、自分は一度も責めたことは無かった。
実際莉駿に責任は無いのだから。
それでも、人は時に責められることで許されることがあると知った時、既にお互いの溝は深くなっていた。
話す機会も無いままここまで来てしまった。
______どうか兄が自分自身を許せますように
莉蘭は何時も、この時もそう願っていた。
「俺は……」
暫く黙っていた莉駿が漸く口を開く。
「俺はあの日、お前に助けられた。妹であるお前を守れなかった。その事を日々悔いてこの十年間生きてきたんだ。」
あの日から十年。
兄は毎日朝早くから夕方遅くまで鍛錬を重ねていた。
一日だって怠ったことは無い。
本人の言う通り、あの日の事を毎日後悔しながら生きてきたのだろう。
誰よりも気に掛けていてくれた事も、後悔している事も知っている。
そんな兄だからこそ、莉蘭は理不尽に恨んだりなどしなかった。
それに、莉蘭が傷ついたのは自分の所為であって、兄はあの時ちゃんと守ってくれた。
「力が欲しいと思った。この国や人々を守る力が。次はちゃんと、お前を守れるように。…なのに、俺はまたお前に守られたっ!」
そこまで言うと、莉駿は声を殺して泣き出してしまった。
そういえば、最後に彼が泣いたのを見たのは何時だったか。
まだ自分も莉駿も小さい時、彼が泣いている光景はよく見ていた。
それに釣られて自分もよく泣いていたのを覚えている。
今となっては全てが懐かしい思い出だ。
逞しく成長した今でも意外に涙脆い処は変わっていない様で、少しだけ昔に戻れた気がした。
莉蘭はただ優しく微笑み、涙を拭った。
お互いそれ以上は何も言わなかった。