第3章 その娘、王族にて政略結婚を為す
何時ものように勉強を終え、庭に出て鍛錬をしていたある日。
莉蘭は父に呼び出され、書斎を訪れた。
「父様、莉蘭です。」
扉を数回ノックすると、中から「入りなさい」と莉鎧の声が響く。
心なしか沈んだ声音に莉蘭は首を傾げた。
「失礼します。父様?何かあったのですか。」
莉蘭が尋ねても莉鎧は返事を返さなかった。
不思議に思いながらも、呼び出された要件を聞く為父の前に立つ。
彼は机の上で手を組み、それを凝視していた。
暫くの沈黙の後、莉鎧は漸く口を開く。
「…莉蘭。急な話だが、お前には煌帝国へ嫁いで貰いたい。」
その言葉に、莉蘭はただ呆然と父の顔を見て驚いていた。
暫くの間何も喋れなくなる。
突然過ぎて言葉を一瞬理解出来なかった。
最近の煌帝国は領土を拡大してきており、深蒼に侵攻して来るのも時間の問題だと、父が頭を悩ませていたのは知っていた。
深蒼にも軍隊は存在するが、煌帝国に比べればその差は歴然としている。
戦争をすれば深蒼から多くの犠牲者が出るのは火を見るよりも明らかだった。
きっと侵略されるか降伏するかの選択肢を突きつけられ、戦争を好まない優しい性格の彼は降伏を選んだのだろう。
それは一国の王として、民を思っての選択だ。
間違ってはいない。
「…政略結婚、ですか。」
暫く考えた後、莉蘭は静かにそう言った。
「すまない。手は尽くしたんだが…」
向けられた表情には疲れが滲んでいた。
何時も優しい眼差しを向けてくれる瞳も、今は悲しい色を宿している。
目の下には一目で分かるほどの濃い隈が出来ていた。
恐らくだが、この何日かは寝ずに考えてくれていたのだろう。
言葉の通りあらゆる手を尽くしてくれたに違いない。
そこまで必死になってなってくれたのだ、それだけで十分想いは伝わってきた。