第5章 その娘、妻と成りて恋を知る
「其処に座れ。」
「あ、あの、」
「座れ。」
「……はい……」
有無を言わさぬ紅炎の態度に、莉蘭は仕方無く指定された場所に腰掛けた。
ただでさえ紅炎より背が低いのに更に見下ろされる形となり、より一層重圧が増した様だ。
莉蘭は震える手を膝の上でぎゅっと握りしめた。
それを見た紅炎は呆れた様に溜息を吐く。
「何をそんなに怯えている。」
今の彼に怯えない者など居るのだろうか。
「…私は、何か紅炎様の気に触る様な事をしたのでしょうか。もしそうであれば謝ります。」
恐る恐る表情を伺うと、紅炎は一瞬きょとんとした後、ふっと笑った。
「別にお前に苛立っていた訳ではない。少し前まで客人の相手をしていてな。」
『客人』
その言葉に体がピクリと反応する。
「…その方は、女性ですか?」
「そうだ。」
何食わぬ顔で返す紅炎に気持ちがざわついた。
「女性を横抱きにするのも、接待の内なんですか。」
「ん?何だ、見ていたのか。」
理不尽だと分かっているのに、言い様の無い苛立ちが募っていく。
「偶々近くに居たもので。」
そう言った言葉には棘が含まれていた。
自分は一体何がしたいのだろう。
こんな事を言っても何にもならないし、最悪彼を怒らせてしまう。
きっと今、酷い顔をしている。
顔を見られたくなかった莉蘭は、紅炎から視線を外して床を睨み付けた。
すると頭上から感情の読めない声が降ってくる。
「何だ、妬いているのか?」
「ちがっ、⁉︎」
勢い良く顔を上げて否定しようとすると、そっと頬に手が添えられた。
紅炎は親指で目元を撫でると、真剣な面持ちで「泣いたのか」と尋ねる。
先程までの目の腫れが未だ取れ切っていなかった様だった。
「……少しだけ。」
余りにも真剣な表情をするから、誤魔化せずに素直に答えてしまっていた。
「原因は何だ。」
「言いたくありません。」
莉蘭はそう言うと同時にぱっと顔を背けた。
言えば笑われるに決まっている。
「如何してもか?」
「…い、嫌です…」
紅炎の意味深な質問に背筋がぞくりとした。
(何だろう、凄く嫌な予感が…)
紅炎は一言「ほぅ。」と言うと、莉蘭の肩をとんっと押す。
まさかそんな事をされるとは思っていなかった莉蘭は、力に従って簡単に倒れた。