第5章 その娘、妻と成りて恋を知る
その場から一歩も動けなかった。
気軽に廊下を曲がった先で見たのは、楽しそうに燥ぐ女性を横抱きにした紅炎の後ろ姿。
一瞬で頭が真っ白になった。
「何故」だとか、「如何して」だとか考える以前に、「何が起こったのか」が理解出来ず、只々その場に立ち尽くしていた。
既に廊下には紅炎の姿は無い。
「莉蘭殿?」
呼ばれるがままに其方を振り返ると、心配そうに此方を見つめる白瑛の姿があった。
「白瑛、さん…」
呆然とそう呼ぶと、まるで堰を切ったかの様に涙が溢れ出し、止まらなくなった。
「え、何でこんな…ごめんなさい」
白瑛は一瞬驚いた顔をすると、優しく笑って「此方に」と莉蘭を連れて歩き出す。
行き先は白瑛個人の部屋だった。
到着すると、部屋にあった長椅子に座らされる。
背に手を添えられて暫く慰められたが、原因不明の涙は止まらなかった。
莉蘭は理由も分からない涙を止めようと必死に目を擦る。
「そんなに擦っては傷になりますよ。」
そう言って白瑛は冷たい水で濡らしたタオルをくれた。
それを擦って熱を帯びた瞼に押し当てる。
冷んやりとした感覚のお陰で少し落ち着いた気がした。
「少しは落ち着きましたか?」
「うっぐすっ…はい…」
久々にこんなに泣いた所為もあってか、今一泣き方が分からなくなっていた。
今絶対不細工な顔をしている。
「何故泣いておられるのですか?」
「えっと、ずびっ…お恥ずかしながら、何故泣いているのか自分にも分からない状態でして…」
あはは、と笑うと、白瑛はより心配そうな顔をして何が有ったのかと尋ねた。
「えっと、その、紅炎さま…が……」
そこまで言うと、止まりかけていた涙が再びダバッと溢れ出し、説明は一向に終わらなかった。