第1章 プロローグ
「でも鳳くんが私のこと知ってるとは思わなかったな。」
「もしかしたら、大越さんと話してるところを何回か見かけたからかも。」
「そっか!」
鳳くんのことはみんな知ってるけど、その鳳くんが私なんかの存在を知っていると思うとちょっと不思議。
「テニス部は、先輩が引退してからどう?」
「そうだね…なんとかやってるよ。」
鳳くんは目線を下に向けた。
2年のときからレギュラーだった鳳くんにも、鳳くんの苦労があるんだろうな。
なんだか暗くなっちゃった。
話を変えよう。そうだ!
「そういえばね、テニス部の先輩でよく保健室に来てた人がいたんだけど…」
「あ、それ宍戸さんじゃないかな?」
鳳くんの表情が明るくなった気がした。
「そう!いっつも傷だらけだったな~…」
「宍戸さんはどんなボールもがむしゃらに追いかけてたからね。」
鳳くんの表情でわかる。
宍戸先輩のこと、すっごく尊敬してるんだ。
「俺も頑張らないと。」
独り言のように呟いた鳳くんの表情が、引き締まった。
「うん、頑張って!でも今日はちゃんと冷やしてね!」
「あっ、うん、そうだった。」
二人で顔を見合わせて笑った。
早く部活に戻りたいんだな…
えみは立ち上がって新しい氷水をビニールに入れた。
鳳くんの前に戻り、新しい方を渡して、古い方を受け取った。
「じゃあ、部活戻っていいよ。でも見学だけにしてね。これで冷やしながら。」
「ありがとう。」
鳳くんは立ち上がってドアへ歩いた。
少し片足を引きずっている。
「練習に参加しちゃだめだよ!」
えみが念を押すと、
「あはは、わかってるよ。」
と笑って手を振った。
一人になってしばらく立ち尽くしていた。
うわぁ、あの鳳くんと話しちゃった。
りさには言わないでおこう。
言ったら絶対からかわれる。