第7章 甘い声にたぶらかされて……
図書館での曖昧なあの時から数日。
庭の水撒きをしてたら、はじめちゃんが家に来た。
玄関の前で「よう」と手を挙げられて、つられて手を振り返す。
バレー部のジャージにいつもより大きな荷物。
「どっか行くの?」
「合宿。3泊4日で」
「そうなんだ……」
知らなかった。
及川先輩、何も言ってくれなかった。
というか、あれから、また連絡がない。
「この前は悪かった」
はじめちゃんは、昔から謝り方が潔い。
「ううん、大丈夫」
「別に俺はあのクソ川が嫌いで言ってんじゃねぇよ」
「わかってる」
2人が親友なのは、わかってる。
「ただ、俺にとってはお前もこう、なんつうか……大事だから、つい……」
「うん、ありがとう」
ホント、小さい頃からはじめちゃんは私のことは思いっきり年下扱いする。
2つしか違わないのに。
もう私だっていろいろ知ってるのに。
何も知らないまま「はじめ兄ちゃん、大好き」なんて言っちゃいけないこと、知ってる歳なのに。
「お前は頭いいけど、恋愛に関しちゃなんか、いろいろ経験なさそうだから、つい気になった」
はじめちゃんの言いたいことはわかる。
私にとって、及川先輩が初めての彼氏。
あんな経験も、初めての相手。
「あいつは基本的には悪い奴じゃねぇ……でも女関係はヤバい」
「うん……なんとなくわかる」
校内一のモテ男。
噂は昔から聞いていた。
最後は自分が悲しくなって終わるのかなと予想してたりもする。
ただ、もう引き返せない。
噂が噂だから、やっぱりやめよう。ひきかえそう。
そう思ってやめることができたら、楽なのに。
「私は大丈夫だから」
「……なら、いいけどょ」
心配そうな顔のまま出かけていくはじめちゃんの後姿を見送りながら、及川さんが最後に言った言葉を思い出していた。
「はじめちゃんと2人きりで喋ったら、別れる」
及川さんは、なにを恐れているんだろう……
私の気持ちは変わらないのに。