第1章 Act.1
『はぁ……はぁ……冗談だからっ!』
「悠ちん可愛いから意地悪したくなる」
『えっ?』
「あー……それ買って早く帰ろう?練習で疲れたし~」
恥ずかしそうな表情の中で、困惑そうに眉を寄せる悠鬼の姿は紫原の胸をきゅんとさせるもので、その正体が分からないまま紫原はつい本音を洩らしてしまう。
驚いた顔の悠鬼を見て罰が悪そうに顔を背けると、紫原は買い物カゴを持ってそそくさと早足にレジに向かう。
それから二人は一度も口を開かず、家までの道を歩き続ける。
普通に歩いていると歩幅が違う為、悠鬼と距離が出来てしまう事が多い。
いつもは歩幅を合わせている紫原だが、悠鬼はずっと後ろを歩いている。
紫原も今は近付こうとはしない。
俺自身、女子にあんな事言ったのは初めてで、何だか凄く照れ臭い。
悠ちんがあんな顔するからっ……
『む、むーちゃん!……私、お家こっちなの……』
「ん~……じゃ、また明日ねぇ~」
『……っ……』
別れ道で後ろから不意に声を掛けて来た悠鬼に、紫原は片手を振るだけで相手を見ずにそう言葉を投げた。
『ありがとう!……えっと、むーちゃんが一番カッコイイよ!』
「……っ!?……」
『わ、私……バスケバカだから、いつも汗臭くて可愛いなんて言われた事なかったのッ……だから凄く嬉しかったよ!……じゃあ、また明日ね!』
悠鬼から不意に『カッコイイ』と言われて、漸く相手を視界に入れた紫原は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
耳まで顔を真っ赤にして必死に言葉を紡ぐ相手があまりにも可愛くて、紫原は去ろうとする悠鬼の手首を慌てて掴む。
「やっぱり送って行く」
『えっ……あ、ありがとう、でも大丈夫だからっ……むーちゃんが遅くなっちゃうし』
「良いの!……送って行くから、悠ちんは黙って送られれば」
『……っ……うん、ありがとう……むーちゃん』
申し訳なさそうに断って来る悠鬼を、紫原は強引に手を引っ張り送って行く事にする。
彼の大きい手中に納まる小さな手は、観念した様に握り返して来る。
俺はその日から、悠ちんの表情を良く気にする様になった。